一律料金で通院不要「マウスピース矯正」の正体 デジタル化で低価格化や患者の利便性をアップ | 東洋経済オンライン

2019年12月に本格スタートし、現在都心部や大阪を合わせて5拠点で展開するマウスピース歯列矯正「Oh my teeth」。「通院不要」を最大の特徴として謳い、男性を中心にユーザーを広げてきた。これまでの体験者数は約1万人に上る(編集部撮影)
3月13日よりマスク着用が「個人判断」になった。さまざまなところで「外す・外さない」のマスク議論が湧き起こっている。また口元の美容に関する話題も注目されているようだ。その1つが歯列矯正である。
近年、日本でも一般的になってきたのがマウスピース矯正。それぞれ矯正度合いの異なるいくつものマウスピースを定期的につけ替えることで少しずつ歯を動かし、理想の歯並びに近づけていく。
歯の表面に金属を装着するワイヤー矯正に比べ目立たない、口の中の違和感が少ないといったメリットがある。
2017年以降、市場を独占していた米アライン・テクノロジー社のいくつかの特許が切れ始めたことを背景に、さまざまなブランドが登場してきている。
バックヤード業務をDXで効率化
中でもデジタルをかけ合わせることで低価格化や患者の利便性アップを図ったのが「Oh my teeth」だ。歯列矯正の歯科医師と組み、患者の歯のデータ管理や進捗状況把握、予約受け付けといったバックヤード業務をDXで効率化。「通院不要」「一律料金」などの特徴を打ち出している。

口腔内をスキャンし、歯の詳細な3D画像を作成。さらに専門医による実際の検診も行ったうえで矯正計画を立てる(編集部撮影)
まず同社のサービスの概要について説明しておくと、来院は最初の1回のみ。初回では口腔スキャナーで歯型データを取り込むほか、検診で虫歯や歯石の有無などをチェックする。また歯並びの程度などでマウスピース矯正に向かない場合もあるので、このタイミングで判断。
あとは回数分のマウスピースが自宅に配送されるので、自身で1週間ごとにつけ替えながら矯正を行っていく。つけ替えるごとに口腔内の写真をLINEで報告すると、矯正状況について歯科医師からアドバイスをもらえるという。
費用は一律で、前歯のみのベーシックプランが33万円、奥歯も含めたプロプランが66万円だ(いずれも税込み)。ベーシックなら目安期間は3カ月程度で(ただし完了後も治療にかかったのと同じ期間マウスピースをつける必要あり)、既存ユーザーの8〜9割がこちらのタイプだという。
【2023年4月7日18時20分追記】初出時の価格に誤りがあったため、修正しました。
また最後まで矯正を続ける人が97%と、完了率が高いのも同社の特徴だという。
マウスピース矯正の難しさが食事と歯磨き以外の時間、20時間以上装着していなければならないことだ。間食もできず、水分補給も、糖分を含まず着色の心配がないものに限定される。そのため続けられず脱落してしまう人も出る。Oh my teeth調べでは、従来のマウスピース矯正では3割にも上るそうだ。
Oh my teethではLINEによりユーザーと密にコミュニケーションをとることで、継続率を高める。週ごとの歯科医師によるチェックのほか、Oh my teethスタッフからの「声かけ」を行っているそうだ。

歯型をもとに3Dプリンタでマウスピースを作成。矯正度合いが少しずつ異なるマウスピースを順番につけ替えていき、理想の歯並びになるまで歯を動かしていく(編集部撮影)
なお、マウスピース矯正では完了後も歯が動いて戻ってしまう「後戻り」が発生することが多いため、治療が終わっても一定期間マウスピースをつけ続ける「保定」が必須となる。
同社では保定用に最後のマウスピースを使うか、専用のリテーナー(別売り。上下セット税抜き1万円)を購入してもらう。基本的には矯正と同じ期間は日に20時間装着、その後は睡眠時のみなど、短くしていく。他のクリニックの例を調べてみると、保定完了までの期間はケースによって異なり、半年程度は日中も装着する必要があるとしているところもある。メンテナンスのため一定時間付けることを習慣にする人もいるようだ。
Oh my teethのサービススタートは2019年12月だが、2022年末までに1万人が体験。売上高は3年で10倍に伸びたという。
不思議なのが、口元がマスクで隠れてしまうコロナ禍において伸びてきたことだ。しかし同社の代表取締役CEOである西野誠氏によると、「コロナ禍だからこそ」の事情もあるようだ。
「コロナでは旅行や外食を控える分、自己投資への需要が高まった。またユーザーの声を聞くと、オンライン会議で自分の口元を見る機会が増えたことも関係しているようだ。マスクで隠れている今のうちに治しておきたいという人も多い」(西野氏)
「歯医者に行きづらいのはなぜだろう」
西野氏はもとITエンジニアで、まったくの門外漢。その氏がマウスピース矯正に取り組んだ理由の根本には、学生時代からの「問題意識」があった。

Oh my teeth代表取締役社長の西野誠氏(編集部撮影)
「歯医者に行きづらく、虫歯を悪化させて抜歯まで至ってしまい後悔した。そのときに、歯医者は重要なのに、さまざまな理由で行きづらいのはなぜだろう、と感じたのが、歯の治療における最初の疑問だった」(西野氏)
その後、自身で矯正をする機会を得て、問題意識はさらに具体的になる。「アクセスが悪い」「予約を入れても待たされる」「歯医者によって値段がバラバラ」「全体の治療費が見えない」などだ。
また技術や知見が共有されず、診断が歯科医師ごとに異なる。
「例えば自分の過去の抜歯についても、別の歯科で『実は抜かなくてよかった』と言われたことがある。これも本当かどうか分からない。自身の身体のことなのに、医師を信用できないこと自体がおかしい。そうしたことを1つひとつ変えていきたいと思った」(西野氏)
「金儲け目的」と見られた
しかし実際にサービスを立ち上げると、大きな壁が立ちはだかった。
異業種からの参入であり、矯正歯科の業界から色眼鏡で見られたことだ。同社が参入した2019年以降は13ブランドも増えている。従来からの医師の立場からすれば、歯科矯正はあくまで治療。そこへ低価格を謳う新規企業が多数参入してきたことで、「金儲け目的」と見られたのだ。
そうした見方は今も存在するし、実際ユーザーの立場からしても、歯科の専門でない企業が扱っても大丈夫なのか、という思いはぬぐえない。
ただ、西野氏はビジネスを始める前に、同じくエンジニアである共同創業者とともに100人以上の矯正歯科医師にヒアリングを行ったという。すると、医師自身も歯科治療の業界について疑問や課題意識を抱いていることが分かった。
「例えば、矯正歯科の治療費には業界の基準がない。これでは価格競争になってしまうのでは、という声もあった。また歯科は多くが個人開業。小さな組織内で順位があり、上の立場には逆らえないという人間関係の問題を挙げる人もいた」(西野氏)
こうしたヒアリングを重ねる中から、西野氏の「日本の歯科を変えたい」という思いに共感してくれる医師を採用したそうだ。また医師自身の動機を聞くと、症例数が多いこと、矯正を専門的に勉強できることなどがあるという。
というのも、初回に撮った歯のスキャンデータを含め、症例や治療計画、治療状況といったデータを提携のクリニックや医師で共有。データを蓄積している。個人のクリニックに所属するより症例数も多く、さまざまな医師の知見も集積されるということだ。
また2021年7月から「Oh my teeth メディカルポリシー」を公開し、同社の治療に対する姿勢を明確にしている。この中では、外部クリニックや医師と提携して、治療方針についての議論を行っている旨も記されている。
さて、2019年にサービスをスタートした同社だが、当初はユーザーが集まらず伸び悩んだという。伸びるきっかけになったのが、ブランディングを最初から見直し、ターゲットを女性から「忙しい男性」に切り換えたことだ。歯列矯正市場におけるボリュームゾーンは若い女性。同社にとって挑戦だったが、結果的に成功した。
「まず知り合いの経営者などを中心に体験してもらった。経営者は影響力が強い。また質にこだわる人が多い。プロダクトとして質の高いものをつくり、さらに初回診療は0円で30分、通院不要など、フックになる特徴を打ち出した。そうした特徴をSNSや、後にオウンドメディアを使い発信していった」(西野氏)

検診を行う設備。紙製のパーティションを使うことで施工の必要がなくなり、出店スピードがアップ(編集部撮影)
「タイパ」、つまり時間のコスト意識を強調することで、男性の心に響いたようだ。また「質へのこだわり」に対応すべく、ブランディングではアップル社を意識し、公式サイトや広告、商品のパッケージ、クリニックのデザインなどもシンプルでスタイリッシュなスタイルで統一した。
「矯正はそれなりのお金をかけるものなのに、従来は『治療だから』ということで、デザインに対する優先度もそこまで高くなかったように感じる。そうしたところにも疑問を感じていた」(西野氏)
思えば、この2度目のターゲットモデルは西野氏自身に近いと言えるだろう。自身の問題意識から始めたビジネスなので、自分をモデルにして設計することでうまくいったのではないだろうか。
男性がユーザーの7割を占め、20〜30代がメインだが、最近では40〜50代男性や女性にも広がってきたそうだ。
現在、マスクの自由化や新年度に向け、予約や問い合わせが増えているという。まずはクリニックあたりのブースを増やし、受け入れキャパシティを広げるとともに、全国展開を視野に、早い段階でクリニック自体を増やしていく。歯科医師の採用も課題となる。
治療方針の開示、データの提供で「見える化」
以上、歯列矯正における新しいビジネスを見てきた。歯列矯正は基本的には保険がきかない自費治療であるが、医療であり、間違うと健康にかかわる。それにもかかわらず、金額やサービスなどについては怪しさがつきまとう。実際、2023年1月にはあるクリニックが金銭トラブルによる訴訟を起こされている。
今回紹介したOh my teethでは、治療方針の開示、データの提供などによって、これまで明らかになっていなかったことを見える化。分かりやすいサービスを目指しているようだ。これにより、他のクリニックや他のブランドと比較することができるのはユーザーの立場ではありがたいことだ。
しかし新しいサービスなだけに、将来的なトラブルや事故の可能性なども心配だ。消費者自身がしっかりと調べることももちろん重要だろう。そしてもはやこれだけ新しいブランドが増え、ユーザーも広がってきている以上、業界全体の課題として捉えるべきだ。マウスピース矯正歯科の認定制度やガイドラインのようなものがあると役立つのではないだろうか。